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ふるさとのことを想っています。
懐かしいふるさとの言葉がテレビから聞こえるのは、私の心が安らぐ瞬間のひとつでした。
今はふるさとのみなさんの言葉は悲しく、悲鳴にもにたものに聞こえます。
なぜ神様はあのような、純朴で純粋で、毎日、粛々と昔なからの生活を営んでいる人たちのところに津波を起こしたのか。
今日はとても寒いです。寒い夕空を見上げて、ふるさとのことを想っています。
今はふるさとのみなさんの言葉は悲しく、悲鳴にもにたものに聞こえます。
なぜ神様はあのような、純朴で純粋で、毎日、粛々と昔なからの生活を営んでいる人たちのところに津波を起こしたのか。
今日はとても寒いです。寒い夕空を見上げて、ふるさとのことを想っています。
計画停電
地震当日 [日々のこと]
金曜日の大地震。
家に帰るまで歴史に残る大きな出来事になっているとは、夢にも思っていなかった。
16Fのフロアで執務をしていると、ゆっさゆっさとビル全体が揺れだした。
2日前にも大きな地震があったので、最初はまたかと思ったが揺れは止まらない。
むしろ、どんどん大きくなるし、時間も長い。
そのうち、みんな顔を見合わせながら、同じ事を思ったのでしょう。
一斉に机の下に隠れた。
机の下は思いのほか安定をしていたように感じた。
タイヤのついたいすはあちらの方向に流されていったが、机は揺れで動く事もなく、安心していられた。
揺れが収まって机の下から出てみると、書類が散乱。袖机、イス、コート掛けが倒れたり、あちらの方向に行っている。
そのうち2度目の地震。こちらも大きく、同じように机の下へ。
揺れが収まった後、部長が思い立ったようにテレビを付けた。
震度7、大津波!? 釜石は既に到達!?はじめて聞く言葉だった・・・。
父母の携帯に電話をかけるがつながらず。
会社の電話から父の携帯にかけ直し、なんとか無事は確認できたが、混乱している様子だったので、お互いの無事を確認して受話器を置いた。
会社からは徒歩で帰宅可能な人は帰ってもいいが、電車で帰宅する場合は電車も動いていないので待機せよとの連絡が入る。
帰れたとしても電車では帰れないので、我が家までのルートがわからない・・・。
さらに悪い事にこの日は携帯の電源も途中で切れ、ipod touchも電池切れ。
幸い、私は主人と同じ職場で働いているので、情報収集の手段は主人のiphonに任せ、2人で一緒に帰る事にした。
会社の机の中に残っているお菓子をバッグに入れ、途中でおにぎりも買って駅へと向かった。
駅で京王バスの方に調布までの出かたを相談すると、聖蹟桜ヶ丘へ出てそこからバスを探すのがいいと。聖跡までのバスはすぐつかまり、スムーズに到着できた。今度は稲城行きのバスに乗れという案内。しかし1時間に1本しか出ておらず、バス乗り場は大混雑。私たちも1時間ほど並んでバスに乗れた。
バスに乗ってからも渋滞でなかなか車も進まない。これまた1時間ほどバスに揺られて、やっと稲城駅に到着。
稲城の駅では、駅長さんがそろそろ電車を動かすといううれしいアナウンス。
2人で復旧一番列車に乗って、いつもは1時間のところを6時間かかり、やっとのことで家に帰ってきた。
途中の調布駅では駅舎に入れず外で並んで待っている大勢の会社員を目にした。おつかれさまでした。
下り方面の電車とも何本かすれ違った。スゴく込んでいる訳でもなく、いつもと変わらない通勤電車だった。
家に到着しテレビを付けたところで、我に返った。
津波で何もかもが飲み込まれていた。大船渡、気仙沼、釜石、そして大好きな宮古...。
情報がわからなかったところもあった。
山田、田老、田野畑、種市...。どこも大好きな場所。
これからどうしたらいいのか。
余震も日本列島をなめるように南北に起こるし、神経が興奮して寝られない。
これから私たち日本人はどうなってしまうのだろうか、不安な気持ちで過ごした一夜だった。
家に帰るまで歴史に残る大きな出来事になっているとは、夢にも思っていなかった。
16Fのフロアで執務をしていると、ゆっさゆっさとビル全体が揺れだした。
2日前にも大きな地震があったので、最初はまたかと思ったが揺れは止まらない。
むしろ、どんどん大きくなるし、時間も長い。
そのうち、みんな顔を見合わせながら、同じ事を思ったのでしょう。
一斉に机の下に隠れた。
机の下は思いのほか安定をしていたように感じた。
タイヤのついたいすはあちらの方向に流されていったが、机は揺れで動く事もなく、安心していられた。
揺れが収まって机の下から出てみると、書類が散乱。袖机、イス、コート掛けが倒れたり、あちらの方向に行っている。
そのうち2度目の地震。こちらも大きく、同じように机の下へ。
揺れが収まった後、部長が思い立ったようにテレビを付けた。
震度7、大津波!? 釜石は既に到達!?はじめて聞く言葉だった・・・。
父母の携帯に電話をかけるがつながらず。
会社の電話から父の携帯にかけ直し、なんとか無事は確認できたが、混乱している様子だったので、お互いの無事を確認して受話器を置いた。
会社からは徒歩で帰宅可能な人は帰ってもいいが、電車で帰宅する場合は電車も動いていないので待機せよとの連絡が入る。
帰れたとしても電車では帰れないので、我が家までのルートがわからない・・・。
さらに悪い事にこの日は携帯の電源も途中で切れ、ipod touchも電池切れ。
幸い、私は主人と同じ職場で働いているので、情報収集の手段は主人のiphonに任せ、2人で一緒に帰る事にした。
会社の机の中に残っているお菓子をバッグに入れ、途中でおにぎりも買って駅へと向かった。
駅で京王バスの方に調布までの出かたを相談すると、聖蹟桜ヶ丘へ出てそこからバスを探すのがいいと。聖跡までのバスはすぐつかまり、スムーズに到着できた。今度は稲城行きのバスに乗れという案内。しかし1時間に1本しか出ておらず、バス乗り場は大混雑。私たちも1時間ほど並んでバスに乗れた。
バスに乗ってからも渋滞でなかなか車も進まない。これまた1時間ほどバスに揺られて、やっと稲城駅に到着。
稲城の駅では、駅長さんがそろそろ電車を動かすといううれしいアナウンス。
2人で復旧一番列車に乗って、いつもは1時間のところを6時間かかり、やっとのことで家に帰ってきた。
途中の調布駅では駅舎に入れず外で並んで待っている大勢の会社員を目にした。おつかれさまでした。
下り方面の電車とも何本かすれ違った。スゴく込んでいる訳でもなく、いつもと変わらない通勤電車だった。
家に到着しテレビを付けたところで、我に返った。
津波で何もかもが飲み込まれていた。大船渡、気仙沼、釜石、そして大好きな宮古...。
情報がわからなかったところもあった。
山田、田老、田野畑、種市...。どこも大好きな場所。
これからどうしたらいいのか。
余震も日本列島をなめるように南北に起こるし、神経が興奮して寝られない。
これから私たち日本人はどうなってしまうのだろうか、不安な気持ちで過ごした一夜だった。
実家からりんごが届いた! [日々のこと]
実家から栗が届いた [日々のこと]
東京もだいぶ涼しく過ごしやすくなった。
昨日なんて、半袖を着たら涼しい、長袖を着たら汗をかくというなんとも中途半端な気温だった。
でも、こぞってみんな秋色の洋服を着ているから、いかにも”夏”という半袖服を着る訳にもいかず、こういう時は本当に迷う。
さて、実家から栗が届いた。
家の裏にある栗の木から、山栗がとれたから送るよ〜と。
本当は金曜に届いたのだけど、今日までゆがかずにおいていた。
土曜に母親から”栗は茹でたか?味はどうか?”と電話があって、まだ茹でていないと伝えたら、なんだかとっても残念そうだったので、今日は早起きして茹でてみた。
案外、ゴロゴロと大きくて、でも素朴で、ほのかに甘くて、小腹が好いた時にちょいちょい摘むのにちょうどいい。
本当はこれの倍の量の栗が届いた。

月曜日に会社のみんなに配る予定である。
実家の裏で取れた栗で・・・っていうと、また、あいつはどんな田舎で育ったのかという話になりそう(笑)。
昨日なんて、半袖を着たら涼しい、長袖を着たら汗をかくというなんとも中途半端な気温だった。
でも、こぞってみんな秋色の洋服を着ているから、いかにも”夏”という半袖服を着る訳にもいかず、こういう時は本当に迷う。
さて、実家から栗が届いた。
家の裏にある栗の木から、山栗がとれたから送るよ〜と。
本当は金曜に届いたのだけど、今日までゆがかずにおいていた。
土曜に母親から”栗は茹でたか?味はどうか?”と電話があって、まだ茹でていないと伝えたら、なんだかとっても残念そうだったので、今日は早起きして茹でてみた。
案外、ゴロゴロと大きくて、でも素朴で、ほのかに甘くて、小腹が好いた時にちょいちょい摘むのにちょうどいい。
本当はこれの倍の量の栗が届いた。

月曜日に会社のみんなに配る予定である。
実家の裏で取れた栗で・・・っていうと、また、あいつはどんな田舎で育ったのかという話になりそう(笑)。
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